『シノブ伝』グッズが届きました。
ありがとうございます。
音速様クッションは大人気で、制作部をとおるたび、各スタッフから「頂戴」コールがおこるのですが残念ながらメインスタッフすら行き渡りません。すみません。
残念なのはシノブのフィギュア。色がついてねぇー。当たり前っちゃあ当たり前なんだけど…とりあえず『フタコイ』がひと段落がしましたら、うちの作画の職人様に組み立ててもらおうかと思っております。出来は写真を見るかぎり相当よさそうです。
これからもムックが出て、さらにいくつか出そうとのこと、売れてるのかな?、とにもかくにも『シノブ伝』。DVDの発売もまだ残っておりますし、宜しくお願いします。
↑そして、お待ちかね(?)柴田画伯プレゼンツ『フタコイ』part3。
難易度上がってきました。
2003年7月から最初の打ち合わせがスタートした『フタコイ オルタナティブ』。
ようやく日の目にあたるところまできました。
それだけで感慨深いものがあったりします。
遠かったぁ…。
実のところタイトルの遍歴だけでも相当数ありましたし、実際、(仮)がとれるまでも時間かかったしね。
そして、今回も『ドッコイダー』、『シノブ伝』に引き続き、制作サイドの方でオフィシャルHPを立ち上げることができました。
『ドッコイダー』の時に、制作現場と公式HPを直にしませんか、と作品の担当Pに提案。
理由は、言い方は陳腐だけど“生の情報”を入れられると思ったし、作り手の気持ちやこだわり、現場の雰囲気や熱気を伝えたいとも思ったから。
後、スタッフのお遊びなんかも見せられたら、おもしろいだろなあ、と。
今回も今まで以上に、『フタコイ』を色んな角度から立体的に、タイトルを楽しんでもらえるように出来たらなあと担当者と話ししています。
時間がかかっただけの苦労があるわけで、書くことはたっぷりです!
現在、スタジオが全精力をあげて『フタコイ』にかかっております。
これまでの作品もそうであったように、僕等のつくる『フタコイ』をつくるためにそれようの制作システムを組みました。
レイアウト作画監督を置いたのもそのためです。
『シノブ伝』ではまだまだ実験として行っていた絵コンテ撮を行っての検証(全体の雰囲気をつかむ、テンポの確認等など)等の作業は、現状であたりまえのこととなり、さらに音付けも同様の方法で合わせていくところまでつっこんでやっています。
*詳細は放送とリンクする形でご紹介できればと思っております。
大量に作品をつくっていけるような体制ではないですが、
だからこそコツコツとやってければなと思っております。
是非是非、ご覧いただければ嬉しいかぎりです。
20代の終わり、よく中国へ行ってました。
当時の会社が、むこうに合弁会社をつくったこともあり、中国で行う仕事を手配したり、そこへスタッフを派遣したりすることもぼくの仕事のひとつでした。むこうで流すCMだったりの制作を請け負って、日本でキャラクターを作ったこともあります。
そのとき、僕が誘って、現地スタッフの作画の先生として一緒に中国へ飛んでもらった仲間のひとりが最近亡くなりました。
シンドイね。
まだ30代半ばです。
この制作本数増加の状況下でお互いが忙しいこともあり、また彼が東京と違う場所で仕事をやっていたこともあって、思い出したようにメールとかで連絡をとりあうくらいになっていたのですが、突然、訃報の知らせを聞きました。ここで書くべきかどうか考えたのですが、最後に連絡をくれたのが、彼がオリジナルで作品のパイロットを作ったと連絡をくれ「見てよ!」とDVDを送ってくれたときでした。そういう最後まで前向きだった姿勢を思い出すにつけ、書かずにいられませんでした。
もう、合弁会社もなくなってしまい、当時、悪戦苦闘したことを知っているものはわずかです。頑張って、頑張って、お互いがいい作品を残して、それで昔話ししながら飲みたかなったなあ、と思います。まだ、昔話しをするには早い年齢です。残念でなりません。僕らは、好きなことを仕事としたため、ほとんどの時間を仕事に費やし、プライベートな時間は限りなく少なく、仕事仲間が友達の大半だったりします。うまく書けないけれど、関わっている作品は違っても、スタッフテロップで近況を確認しあったり、その作品の内容だったりで刺激しあったり、つながってたかったです。
月に一度の企画会議。 これから動く、動いている作品の状況やらをスタッフと一緒に確認。
他には、東京アニメフェアでこういうのやろうよ!とか。
それから、『フタコイ』バララッシュを見ながら、みんなで夕飯。
本日のメニューは、斉藤シェフの豚汁&焼きソバでした。画像、撮り忘れた、残念。
の後は、連日の打合せラッシュは続くよ、とばかりに、23時、26時とさらに2本。
14時~、15時~、22時~、25時~、26時~、27時~
打合せ6本プラス、毎日の定例3本のハードな一日。
27時~は打合せというより、近くまでいったので仲間んところへちょっと立ち寄り、って感じですが、電話したら、やっぱり作業中だったりするんだから、あらためて、業界、働いてます。
町を回っている焼きイモやさんと遭遇。
その時、3人で歩いてたんですが、みんなの子供時代の“焼きイモ体験”があまりにも一緒だったので、ひとこと。
ぼくは四国出身で、もうひとりは東北、東京だったりと場所は違うんだけど、やっぱり、屋台だったり、軽のバンで回ってる焼き芋さん屋の光景は同じのようで、
当時、小学校の頃かな、
一度買ってみたかったんだろうなあ、って思います。
焼きイモ屋さんが走っているその光景だけは何十回も目撃しているわけで、
しかも、火を炊きながら、もろ他の車と差別化じゃないですか。
ある日、母親がお金をくれたんですね。
確か1000円だったと思います。
まだまだお金の価値がお小遣い一日50円の頃。
すっげえー大金に感じ、屋台に走っていきました。
もうワクワクです。
でっかくて、太くて、すっげえいっぱいの焼きイモがさぞかしもらえるのだろうと思った僕の手に渡されたのは、新聞紙に包まれた、一本はそこそに大きいイモですが、後は小さく細いのが2本だったと記憶しています。
そのガッカリというか、なんともいえない気持ちだけがまだ覚えていて、その切ない話しに盛り上がりました。スタジオに戻ってきて、日曜出勤企画書作成中のシステム担当(26歳、九州出身)にその話しをしたら「僕もそうでした」と。
みんなその気持ちがあって、みんながみんな屋台で焼きイモを買ったのは1回きりみたいなんです(泣)
うちのスタジオ近くのスーパーでは焼きイモ一本180円で売ってまして、今日はそれを買って帰ろうかなあーと思います。
深夜の外回り。
毎日深夜、東京中をぐるぐるしてます(泣)。
各制作ごと、お願いしているスタッフさんによって散らばっていく先はバラバラですが、僕個人としての回りでは、最東が松戸で、最西が立川あたりでしょうか。
本日は、馬場から護国寺を回って、目黒の方へと流れるコース。
パンクです。パンク。
早稲田走ってるあたりで「やばいなあー」って振動が走っていたのですが、案の定。
目黒通りに入ったところでアウト!
ド深夜&冬の風&花金の華やかさの中での、タイヤ交換は体に染みますです。それでも、音楽担当者と一緒だったのが救い。コートを羽織ったまま、かじかむ手をこすりながら、ジャッキをあて、タイヤをはずし…
なんとか目的地に到着して、音楽のメロ構成の立会い。
結末はスペアまでもがいかれる始末…ついてない時はあります
上の写真がスペアで、下が交換したタイヤ。(日が明けて修理に持ってた際、撮影)タイヤが裂けるまでいったのは始めて…参った。